最初で最後のファンレター

きっと届くことの無い最初で最後のファンレター
届かなくてもいい、いつか、こんな日があったなって笑える日がくればそれでいい。
その日にこの手紙が消せればいいな、そんな想いを込めて。



貴方と出会って今日で3,900日です。
4,000日を「King & Prince神宮寺勇太」として迎えられない、出会った日をもう迎えられない。
なので中途半端な日に最初で最後のファンレターを贈ります。



出会った日を鮮明に覚えてる男性タレントは貴方だけです。
とはいえ、最初はそこまでピンっとは来てなかった。出会いのきっかけである人達の方が当時は前にいたし、それこそ少クラやジュニランをがっついて見てなかったから。
でも、その出会いがあったからこそ、ふとした時に思い出したり、雑誌で見かけて読んだりして、いつの間にか1番になってた。
貴方の前に応援してた人が最後の人だと思ってたから、それだけ「ピンっとは来てなかった」とは言いつつ、記憶の奥底に刻み込んだ貴方はその時点で私の中でのスターでした。



初めて貴方がステージに立ってるのを見たのが『JOHNNYS' 2020 World』。
まだ今みたいなアホみたいな倍率でもなくて、1つの名義で2~3公演取れてた頃。私も例外なく(席は微妙だったけど)2公演入れたあの日。
S列前通路に出てきた宮近海斗くんと何故か一生目があってたり、近くまで来た中島健人くんが私ではなく隣にいた母親とさらにその横にいた別グループのマダム達に超絶ファンサを繰り出してたことばかり覚えてるけど、その日買って帰ったのは貴方の初めてのステージフォトでした。
でもまだこの頃、何故か意地張って「神宮寺くん好きだけど担当じゃないもん!」なんて言ってたっけ。健人くんも長らく(担当期間は短かったけど)好きだったのでそっちのイメージを付けたかったのかな。



その意地を無くさせたのが『Sexy Zone Spring Tour Sexy Second』そして、『ジャニーズ銀座2014』でした。
完全なるビキナーズラックでツアーはセンターの前から5列目。ブロックもど真ん中。そしてクリエも前から3列目のど真ん中。
当時紙チケだからこそ、周りは明らかにお金ありそうでガッツのあるお姉さま方。ツアーはまだしもクリエは学校帰りで制服だし、名前うちわなんか作った事ないから持ってないしで死ぬほど浮いた。おまけに千秋楽だし。
でもこのビギナーズラックが、Jr.の世界に行くきっかけ。
目の前で見た『$10』も『Dial up』も忘れないし、黒髪になった貴方がギターと共に奏でた『愛のかたまり』は大切な思い出。
この日が、この期間がなければきっと今の私はいないから。



その後もSexy Zoneのバックに着く貴方を必死に追いかけたり(目の前で『私のオキテ』見れたのは最高でした)、バラエティで体を張る姿を見て笑ったり、1~2ページしか載ってない雑誌を買ったり…。

だからこそ、『クリエA』が『Mr.King vs Mr.Prince』になった時、やっと出来た安定したユニット、やっと出来たオリジナル曲に嬉しい半面、一気に扱いが変わって戸惑ったな。
当たり前にテレビ朝日付けるとスポットで6人がいたあの日々、未だに不思議な感覚だったなって思うし、「ああ、このままデビューするんだろうな」って漠然と思ってたり。
この時の夏、ほぼ毎日のように六本木にいて、貴方がいなくてもEXシアターで楽しんでた。高校3年生だったけど、6月には進路が確定していたから、夏の青春を当時のJr.みんなに捧げてた。だからこそ当時Jr.だった子達みんなはなんだかんだで気になるし、どんな形であれ幸せになって欲しいって思うんだ。
それは貴方も貴方の周りにいるメンバーも一緒だよ。


その後、グループは実質解体されて『Mr.』が取れて、少クラでマイク持てない、ジャニワに出れない日々があって。すごく悔しくて。
そんな時に舞い降りた『真夜中のプリンス』の放送開始がどれだけ嬉しくて、毎週土曜深夜がどれだけ楽しみだったか。それだけが心の支えだった時もあるぐらい2015年秋~2016年初夏までは苦しかったな。辞めようと思ってた時期もここだったよね。見てても分かってたよ。だから大学進学を選ばなかったのに驚いたんだ。


徐々に風向きが変わり始めた2016年夏。
3人になって初めてのオリジナル曲が出来た夏。
初めてその曲を聴いた日。本当に嬉しかった。
その後の『JOHNNYS' Future World』も福岡は行けなかったけど大阪は行くことが出来て。この公演に出てた当時のJr.のほぼ全員がデビューした事考えると凄い舞台だったなって今でも思ってる。
「3人でもいける」
そう思わせてくれたあの日々。私は忘れたことないよ。


再び6人での活動が増えてきた2017年。
増えてきても序列では『Mr.KING』、『HiHi Jets』、『東京B少年』の次だった1年間。
なんで、どうして、こんなに輝ける人達がどうしてこの序列なの?どうしたら上にいけるの?
そんな風に思ってたし、多分当時のファンは全員悔しいと思ってたんじゃないかな。きっと本人たちが1番悔しかったと思うし。
その悔しさ、上に行って欲しい思い、色んな思いが団結力になって「プリンセスやくざ」なんて呼ばれるぐらい、同担・他担関係ないPrince担が一致団結してた。伝説のクアドアブルアンコール。私はその場に居れなかったけど、心の底からそこに居たかったって思ってます。


初の写真集、プリンスホテルでの初の単独公演。どちらも目の当たりに出来たのがJr.から応援出来て幸せだと思える出来事でした。
写真集も10冊以上買って、未だに実家にあるし2冊は一人暮らし始める時に持ってきたんだ。
そのぐらいそばにあって欲しい宝物。
そしてプリンスホテルで貰ったネックレス。未だに現場の時は付けてるんだ。なんかパワー貰える気がして。あの空間にいれたこと。本当に幸せでした。



2018年1月15日。
少年倶楽部の観覧に当たってNHKホールにいました。
『You are my Princess』初披露。大好きな『Keep on』。この日最後の披露がA.B.C-Zの『Za ABC〜5stars〜』。先輩のバックで踊ってたこの日がJr.としてステージに立つ実質最後の日だったね。





2日後、2018年1月17日にデビュー発表があったから。




発表の日、学生生活最後の座学の日で番協に応募することさえ出来なかった。15:30ぐらいだったかな、東京駅のホームで知ったんだ。
嬉しさで泣いたし、お友達から沢山のお祝いのメッセージが来て、「現実なんだ」って思ったり、でも遠くに行っちゃう寂しさもあったり。
でも、ずーーーっと言い続けてた「絶対にデビューする」
という夢を叶えて、スタートラインに立つ貴方はとにかく輝いてました。世界中の誰よりも。


そこからとてつもないスピードで6人で駆け上がっていって、デビューシングル絡みのイベントはからっきしご縁がなくて、初めて半年以上会えない日々が続いて。
デビューして初めて見たのは横浜アリーナでのステージでした。

ずっと好きだった人が単独で横アリに立っている。

会場には6人のファンで埋め尽くされてる。

凄く幸せな空間だなって、これがデビューなんだって。
この幸せがずっと続けばいいのに。




そう思ってた。





直ぐにその幸せは無くなって。メンバー5人になってここまで頑張って。
でも割と早い段階から「きっとこの形は長く続かないんだろうな」って思ってた。
まさかこんなに早いとは思わなかったし、10年は頑張ってくれるとは思ってたけど、良くも悪くも純粋で真っ直ぐな人達だから。


あの発表の前の日も、友達と「10周年まではやってくれるよね」なんて話してた。
どこかで信じたくはなかったけど予感はしてた。
言霊みたいになってしまって、どうしようもなく辛くなっちゃったけど。






今でも思います。もっと応援の形を変えてれば、こんな未来になってなかったのかなって。

でも、どうであれこうなってるんだよねきっと。全員仲が良くて、沢山話し合うからこそ、早くこの決断が出来た。きっとそういうことで。

仲が良くて、どんなに最終目標が一緒でも、どうにも出来ない事ってあるし。「誰かを守るために」そして、「自分を守るために」手を離さないといけない時もある。
色んなことがSNSに飛び交ってて、きっと届いてて。
でも何も言わないのも「大切な人たちを守るため」、そうだよね?だから真実は言わなくていい。大切な人たちを守って欲しいから。


私、少しほっとした気持ちもあって。
貴方たちも人間で、未来の事を真剣に考えた時に「事務所を離れる」という選択肢を持ち合わせていたこと。
そして、それを選べること。
その選択をしなかった人達は「グループを守る」という過酷な選択を出来ること。


同世代なのに、どこまでも大人で、どこまでも追いつけない人達だなって。
どの道も過酷だし、どんな未来になるかわからないのに「迷う時は険しい道」を選べる6人にずっと尊敬しています。



永瀬廉くん、髙橋海人くん。
グループを守る。
そんな選択をした年下の2人。ずっと弟みたい、赤ちゃんみたいって思ってたけど、いつの間にか大人の男性へと成長してて、逞しくなってたんだなって。
特に演技面でたくさんの評価を貰って、通年でずっと演技仕事してて、その中でたくさんの作品を届けてくれて。
今も1番辛くて苦しいのは2人だよね。
でもそんな2人だからグループを託せると思って事務所を離れる決断が出来たんじゃないかな。
そして、そんな2人だからこそ、この状況でも新たな仕事を託してくれる人達がいる。
とてつもない重い看板を守る決断をしてくれてありがとう。
可能な限り支えさせてください。
そして、2人が大好きな人達と共に幸せになってください。



岩橋玄樹くん。
2021年3月にグループを離れたけど、その後も名前出しが出来る、大切なベストアルバムでジャケット写真にいる。そんなことを考えると、本当に円満で離れたんだなって思ってます。
私の青春には絶対に玄樹くんがいて、だからこそ大好きな人の隣にいて欲しかったけど、それが叶わなくなって。
自らと闘いながら、自分のペースで音楽活動している姿。その姿に勇気を貰ってる人たくさんいるよ。
エージェント契約も玄樹くんらしいなって思った。1番夢へは貧欲で努力を怠らない強い人。
どうか自分を大切に、これからも沢山の煌めきを魅せてください。
玄樹くんの天職はアイドルだよ。


平野紫耀くん。
初めて貴方を知った時、「とてつもないスターが現れた」って本当に思いました。
それがここまでの大スターになって、沢山の人から愛されてる。
その重圧も凄かったよねきっと。日に日にやつれていく姿にずっと心配だったし、きっとこの選択をするきっかけになったタイミングも何となくわかります。
そんな中でも手を抜かずに作品を届けてくれる、笑顔を届けてくれる。
天性のアイドルだからこそ短命なんだよねきっと。
アイドルになってくれてありがとう。
どの道を選んだかはわからないけど、幸せでいてくれればそれで十分です。
忘れることは絶対にないから。
儚く刹那に輝く「King & Prince 平野紫耀」と出会えた事、本当に幸せです。


岸優太くん。
ずっと貴方のこと分からないままだなって。
掴みどころのない愛されキャラ。
今何を考えてますか?きっと教えてくれないよね。
今までも胸の内を明かしてくれることなかったから。きっと本音を語ってくれることはないなって。
バカなようで、肝心な所は毎回上手くはぐらかしていく。
でも貴方の周りには絶対に笑顔がある。どんな才能なんだろう。
そんな貴方がリーダーだからこそ、King & Princeは沢山の人に愛されるグループになった。
ありがとう、そこにいてくれて。







最後に、大好きな貴方へ。
出会って10年以上が経ちました。
貴方がデビューしたタイミングで社会人になって、コロナ禍で必死に模索しながらエンターテインメントを届けてくれる姿を見て、「私ももう一度夢を追いかけよう」って思えて転職して、貴方が大きな決断をした姿を見てもう一度新たな挑戦をしてみようって背中を押されました。
私の人生の転機には全て貴方がいて、全て背中を押してくれて。

欠かすことの出来ない、大好きで特別な人。


その日まで残り2ヶ月。とてつもない煌めきで残りの日々をきっと届けてくれる。どこまでも強い人。今になって沢山の人に見つかってるのを見ると、もっと背中押せたなって後悔するけど、そのぐらい「アイドルの終わり」へと向かっている今の貴方はとてつもない輝きを放ってる。嬉しいけどやっぱり寂しいな。
でも、その日まで全力で楽しませてね。全てを受け止める覚悟は出来てます。



この先どんな道に進むかもわからない。ステージに立ってくれるのかも分からない。


もし、ステージから降りるとしても、貴方の事を大好きで、幸せを願っている人はたくさんいるって知って欲しいな。


ステージに立ち続けてくれるなら、貴方の人生をこれからも覗かせてください。そして背中を押させてくれると嬉しいです。


神宮寺勇太くんの人生は貴方のものです。
どうか、後悔のない人生を歩めますように。


アイドルになってくれて、
出会ってくれて、
デビューしてくれて、
本当に、本当にありがとう。


神宮寺くんと出会えたことが何よりの幸せです。







この先も幸せに溢れる日々が続きますように。